暴走をもたらした「共感」3 2023/02/13 『もう一つ、分配行動の前にゴリラの場合は、食べている相手の顔をじっとのぞき込むのです。これを「のぞき込み行動」と言うのですけれど、対面コミュニケーションです。サルの場合は、相手の顔を見つめるというのは威嚇になってしまうから、弱いサルは強いサルにのぞき込まれたら視線を避けるのです。避けないと、挑戦したと受け取られて、攻撃されますから。でも、ゴリラは長く続く。対面しているのです。それはゴリラにとって、相手を見つめるという行為が威嚇ではないということを示しています。 サルと目を合わせないで下さい。高崎山でもそう飼育員さんに注意をされます。目を合わせるとどちらかに優劣をつけるために戦わなければなりません。攻撃されてしまいますよね。だから基本的に動物とは目を合わせないことで自分達を守っていました。ゴリラは違うんですよね。コミュニケーションが出来るんですね。我々ヒトに非常に近い存在が明らかですよね。
暴走をもたらした共感 2 2023/02/10 『ガボンという国で、ゴリラの分配行動を初めて発見したときです。フットボールぐらい大きなフルーツを、まずオスが手に取った。メスや子どもたちがやってきて「ちょうだい」をして…。それをオスがちぎって、群れの仲間に分け与えたのです。これはすごく興奮しましたね。初めてゴリラの分配行動を観察したわけですから。こういった分配行動が起こるということは、体の大きなものが食物を独占するのではない。つまり優劣をもとにして社会が作られているわけではなくて、さまざまな関係が分配行動を介して芽生えるということになります。そういう多様な社会関係を、類人猿は作ってきたのです。』 ゴリラの生活を見てヒトもさまざまな社会関係を作ってきたことが伺えますよね。
令和4年度音楽発表会を終えて 5 2023/02/10 ひまわり組はトーンチャイムの演奏にも挑戦てきました。ハンドベルにも繋がる楽器で、実は就学前の保育施設での導入はとても少ないとお聞きしています。1つの音を担当して、音程、リズム、音の長さを確認しながら、子ども達同士それぞれ役割を担わなければ演奏できないとても難しい楽器です。様々な楽器に触れること、単なるリズム打ちに留まらない高度な楽器でもあります。簡単そうに見えますがとても難しい楽器ですが、音色はとても心が癒される音をしています。 また、歌は四季の歌とわらべ歌の計5曲を歌いました。5曲一度に覚えることはとても困難なのです。しかし、園では春夏秋冬の歌として毎月5曲ほどの歌を歌って生活をしています。これまで歌ってきた曲の中から四季の歌を1曲ずつ選んで発表会で謳うことで子どもへの負担はありません。一度に5曲を覚えるためには月単位での練習が必要になってきます。同じ歌を毎日毎日1,2ヶ月も歌うと子どもにとって負担ですよね。音楽は生活に潤いをもたらすものであり、生活の一部であります。楽しい毎日を過ごすに当たっては音楽や歌は欠かせないものです。 音楽発表会を通して子ども達の成長を確認できました。保護者のご理解とご協力大変ありがとうございました。尚、発表会には参加できなかった子ども達も日々の活動の中で共鳴したり、共感をして、園児と保育者相互の関係性だけでなく、子ども達の同士の関係性も高め合い、集団活動としての共同体を形成し、社会性の芽生えを学んでいます。
令和4年度音楽発表会を終えて 4 2023/02/09 ひまわり組の鍵盤ハーモニカでの選択楽曲は、私たちもよく聞く曲ではありますが、とっても難しい楽曲です。ピアノに合わせてベース部分を弾いたり、メロディーを弾いたりととてもレベルの高いことに挑戦して、しかもほぼ完璧に演奏しました。家庭で練習に取り組んだりしたことも保護者におききしました。弾いてみたいと思っての行動です。好奇心、目標に向かって取り組んでみることを音楽を通して学んでくれたと思います。
暴走をもたらした共感 1 2023/02/09 『そもそも共感というのは、群れの中で個々の人々が結びつきを高めて、助け合って力強い社会を作るために、不可欠なものだった。共感を高める行動というのは、実は人間だけではありません。ゴリラやチンパンジーという人間に近い霊長類にも、そのほう芽になるような行動が認められます。その代表的な例は、「食べ物を分配する」という行為なのです。例えばニホンザルは同じ霊長類でも、食べるときはみんなバラバラになるのです。それは、けんかを防ぐためです。食べ物の前で鉢合わせしてしまったら、強い個体が独占してしまう。弱い個体は、食べられなくなってしまう。でもゴリラやチンパンジーは、時折ですけれども、強い者が持っている食べ物に、体の小さいメスや子どもたちが寄ってたかって集まってきて、「ちょうだい」をするのです。そうすると、体の大きなゴリラやチンパンジーは、しぶしぶその食べ物を仲間に取らせてやるという行為が見られます。その結果、お互い向かい合って、一緒に食べるということが生まれます。これは、何かに似ていませんか?私たち人間が毎日のようにやっている「食事」という行為なのです。』 大分の高崎山でもニホンザルの同じような光景を目にしたのを覚えています。飼育員さんがリヤカーを勢いよく引っ張り餌をまく。サルは一斉に寄って来て、えさをほおばり、ばらばらに散らばり食べていました。皆が見える場所に飼育員がピーナッツを1つ杭の上におくとボスザルやってきてゆうゆうと口にほおばったことを思い出しました。格差社会、分配しない、そして共食はしない。ゴリラは分配するんですよねー。ヒトと同じ。分配、分かち合いによって人類は生き延びてきたことが分かります。争わない。